寸借詐欺の女2017年05月29日

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 平和公園でひさしぶりにケラを見た。実物のケラを見るのは何年ぶりのことだろう。もしかすると何十年ぶりになるかもしれない。そのケラは2センチたらずの子どもだったので、はじめは大きめのアリかと思った。しかし、その動き方を見ているとアリではないことはすぐにわかった。ケラは、私が小さい頃にはそこらへんにいる身近な昆虫だったのだ。そのくらいは今でもすぐにわかる。

 途中、アジサイの様子を見に茶屋ヶ坂公園に寄ってみた。満開までには、もうしばらくかかりそうだった。

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 帰り道、ふと気がつくと私の5メートルほど前を一人の女の子が歩いていた。大学生くらいに見える女の子だ。そういうことは特に珍しいわけでもないのでそのまま前を見ながら歩いていると、突然女の子が振り返って私の顔を見た。そして私の前を避けるようにして、歩道の右側から左側へすうっと移動した。まるで足のない幽霊が音もなく位置をかえるように。

 あれ何か失礼なことでもしてしまったかな、と私は思った。無意識のうちの彼女のことをじっと見ていたのかもしれない。それとも、自分でも気がつかないうちに独りごとでも言っていたのだろうか? とりあえずそのまま歩き続けているとその女の子は急に立ち止まり、また振り返って私の方を見た。私の体を通り越して、もっとずっと先の方を見ているような冷たい視線だった。
「あの、すみません」と女の子は私に向かって静かに言った。
 なぜか寒気さむけが私の身体の中を走った。腕に鳥肌が立ったのがわかった。いったいどうしたんだろうと自分でも驚いた。
「はい」と答えて私は彼女の前まで行ってみた。

「わたし、障害者なんです」と彼女は唐突に言った。
「はあ」と私は答えた。
 二人のあいだに沈黙が降りた。
 私としては、その先の言葉を待っているつもりだった。しかし彼女は肩から下げていたバッグの口を大きく開くと、何かを急いで探しはじめた。彼女は何も言わず、しばらくのあいだそれを続けた。
 もしかすると障害者手帳を探しているのかな、とも思ったが、私は特に何も言わずに黙っていた。そして彼女は何かを探し続けた。今思えば、彼女は私が「いいよいいよ。障害者なのはわかったから、それでどうしたの?」と言い出すのをずっと待っていたのかもしれない。彼女は、いつまでたっても探すのをやめなかった。

 けっきょく彼女は探し物を見つけることができなかったし、私は彼女が何を探していたのかを知ることはできなかった。彼女はあきらめたようにして私にこう言った。
「私、豊橋まで行かなくちゃならないんです」
「豊橋!」と思わず私は大きな声を出してしまった。豊橋は、彼女と同じ年頃の女の子の友人であるNさんの実家のあるところだったからだ。私は彼女の美しいお母さんに一度だけ会ったことがある。お母さんといっても、歳は私とそんなに変わらないのだが。そして私は、豊橋は名古屋からずっと遠いところだとなぜだか思っていた。だが先ほど調べてみたら、そのあたりからだと地下鉄と電車で千円ちょっとで行ける距離のようだった。

 彼女は、決して金を貸してほしいとは口に出して言わなかった。
「あ、ごめんなさい。ウォーキングに出てきただけなのでお金は持ってないんですよ。ごめんなさいね」と私は言った。
「じゃあ、このあたりにATMはないですかね?」と彼女はすかさず言った。
「うーん、多分あるんじゃないかなあ」と私は言った。私は自分でお金を引き出したりすることはまずないので、そういうのはよくわからないのだ。
「たしかその先にジャスコがありますから、ATMもありますよね?」と彼女は言った。
 私はそのジャスコの先に郵便局があることを急に思い出した。
「あ、そうだ。郵便局もありますから下ろせますよきっと」と私は言った。そこでお金を下ろせば彼女も無事に豊橋まで行けそうだ。
 しかし彼女はそのままずっと私の顔を見上げたまま動こうとしない。
「え? もしかして僕が下ろすの?」と急に気がついて彼女に聞いてみた。
 彼女は黙ってうなずいた。
「だって、サイフを持ってきてないし」と私は言った。
「カードもないんですか?」と彼女は言った。
「ごめんなさいね。ちょっとウォーキングに出てきただけだから……。あ、でもそのすぐ左に交番が――」
「交番は行ったけどダメだったんです」と彼女は遮るようにして言った。
「じゃあ悪いんだけど、ごめんなさいね」と私は彼女に言って帰路についた。

 けっきょく彼女がほんとうの障害者で困っていたのか寸借詐欺だったのか、本当のところはわからない。よく思い出してみると、彼女は精神医療センターの前から横断歩道を渡って私の前にあらわれたような気もする(あくまでもそんな気がするだけだ)。でも今回は本当に小銭しか持っていなかったのだ。申し訳ないのだけれど。





※これは本日の午後に、本当にあった出来事です。





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手の中に入れると

オケラをつかまえて、手の中に入れると指の間にもぐりこもうとするのが、くすぐったくて気持ちいいですよね♪

と、のんきなコメントを書こうと思っていたら、後半は何か小説のような展開に。そのまま○日本に出せないかな~。

それにしても、いきなり「障害者です」って告白されるのも驚くよね。
まずは不審者扱いされたのではなくてメデタイことですが。

Re: 手の中に入れると

実は一時期、障害者に関わる仕事をしていたこともあって、さまざまな障害を持つ方々を知っていますし、障害者の知り合いも多くいます。
その中には、若くて美しい秘書を3人も出張に連れてくる全盲のハンサムな大学教授なんかもいます。
なので漠然と「障害者です」と言われても、正直「そうなんですか」という感想しか持ちません(特別な感情は特に持たないという意味です)。

彼女が寸借詐欺師だったとしたら、きっと「オッサン、もっと同情してくれよ!」と内心思っていたことでしょう(笑)
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※名古屋に転居しました!
円山を中心に、三角山や藻岩山、手稲山、野幌森林公園なんかにも出没します。書く内容によって文体が変わるクセがあります。

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